使いこなしたからどうだという話

前日に「ハムレタスサンド大好物さー」と言って帰ると、次の日ハムレタスサンドで出迎えてくれる。などという「ラッハー!」(清輪らいあ)と叫び出したい状況も、最近ではよくあること。おいしい。

夜からせきさんに連れられてO.N.アベックホームランを見に行く。笑いがメインなのだけれど、ぎらぎらした演技がかっこよかった。コントいいね!これからはコントもっと見よう!と一人で思う。
その後ふたりでmixiの活用法を話しあうも、結論は出ず。というかせきさん、びっくりするほどmixi使いこなしてなかった。


おなか事件

早朝に目を覚まして、脂汗でびっしょりの自分に気がつく。夢うつつであれれ?と思う間に、違和感はあれよあれよと下腹部の激痛に変わっていった。家族不在で起き上がることもできず、芋虫のようにもぞもぞと廊下を転がる。電話の前でのた打ち回りつつ考えること30分。どの道まともな状況判断はできないと決心し、受話器をとって119。
「お腹が痛くて動けません」との旨を伝えると
「すぐ救急車が向かいます!」と若い男性の快活な返事。
受話器をおいたとたん、なぜか痛みがするりと消えて、立ってもひねっても痛くない。すぐに受話器をとって119。
「いまのは嘘です」との旨を伝えると
「では救急車は向かいません!」と若い男性の快活な返事。
その後再発もなく、あれは何だったのかと考える。「そろそろ119を押したい」という欲望が心の底で積み重なって、あるはずのない症状を作り出したのか。だとしたら5分で2回もかけたので、深層心理の作戦は大成功。

あらためて朝ごはんを食べながら、そう言えば何か夢を見ていたな、と考える。思い出してみると、矯正治療でなかなか動かない前歯が、ある日劇的に動いてうれしい。という夢。我ながら器の小さい夢。

解せないトリノ

大学病院はなぜあんなに嫌なところなのだろう!
予約した時間から2時間半も待ったし、先生は高圧的で怖かったし、前回は1万5千円、今回は8千円かかった。
私が猫なら「あそこは何か嫌なことがある」という印象だけで二度と近付かないところだが、理性によって来月も行く。
結果は原因不明だった。気長に見るしかないのだろう。

うちの母親はトリノに夢中だ。
私は巡回しているブログがたくさんあるけれど、どうも「母親がトリノを語る」話が多い気がする。いま日本の熟女はトリノに夢中。
母親が興味を持つのは、選手でも勝敗でもなく、競技そのものの特異性らしい。家に帰るとさっそく切り出す。
「この競技変やで」
テレビではもちろんトリノ。
「見ててみ、ほとんどこけはんねん。ほら、早速一人こけた。ああ、4人おって3人こけはったやろ。変やで。」
また別の日にも切り出す。
「この競技も変やで」
「前の人がずっと手ぇついてはるやろ。抜かせへんねん、後ろの人ら。最初の最初にピュッっと前出た人がそのまま勝つねん。変やで。」
「変やで変やで」思って見るトリノ。解せなさでいっぱいのトリノ。

おいしいもの



ガトー オ ショコラ オ ヤイタ オ ショコラ

好きなように同情する

早朝に電話がかかってきた。今日、矯正治療で伺う予定の歯医者からだった。先生の具合が悪いので、予約を来週に変更できないかとのこと。
変更はもちろん構わないのだけれど、先週からブラケットが外れたままになっていたので、それでも平気ですか?と聞いてみると、その受付の方は「それなら今日来ていいですよ」と即答。
電話を切った後で再考してみると、そもそも患者一人一人に電話するほど具合が悪かったののではないか。今日来てもいい、というのは治療に支障があるからと言うより、私に気を遣ってのことだったのか。それだけのことで具合の悪い先生を働かせていいのか。先生は構わないと仰るだろう。しかし体調悪くして仕事をこなすつらさは、私が一番良く知っているはずではないか!
と数分の間にすっかり盛り上がり、すぐ折り返し電話。予約を変更します、と申し出るが、受付の方は「だから今日来てください」の一点張り。アンタ何もわかっちゃいないんだ。こうしている間にも先生の体は・・・!と粘るも、半ば怒り気味に電話を切られた。やけに盛り上がったクレーマーのような人間の電話をとり、さぞかし困惑されたであろう。
結局予定通り治療に出向く。先生は大変調子が悪そうだったが、いつも通り丁寧な仕事をして下さった。ありがたい。

すきあらば反省

夜中に咳で眠りが分断される。真っ暗闇の中でうがいしていると、鏡に映った自分の姿が、目の落ち窪んだ黒い塊に見えてこわくなる。くだらないことを考えて眠る。

少し前に買った、死の谷'95を読み終わりました。前評判を聞きすぎて、もう素直におもしろかったのかどうなのか、わからなくなっちゃったけれど、十二弦ギターの本弦と響き弦が共鳴する話にまた反省。いい話です。

ミーティングに出ると、ほとんどの方は個人用のノートPCを持参されている。私のように手書きノートは数えるほど。なのに副議長らしき方が「あ、質疑応答の議事録とっといて」と言った相手は、なぜか手書き派。その方は会議中ひとり国会答弁の状態。なぜよりによって。

我慢大会の1週間が終わったー。少し体調も落ち着いている。よかった。

ホームでの指摘

先日のこと。
ホームのベンチで終電を待っていた。よれよれの服のおじさんが近付いてきて、私の前にしゃがみこみ、顔を覗き込んで言った。

「そうじゃない。そうじゃねぇんだよなぁ!」

私は何かを間違えたらしい。そうじゃないかと思ってたんだよなぁ。

もの言わぬ日々

仕事も身体も絶不調!yukidanです。
勢いをつけて書いてみても、いかんともしがたい内容の盛り下がり加減は打ち消しようがないですな。
仕事に集中していると、眉間とつむじの辺りがズイズイと痛くなります。咳も出るので、周りの迷惑が気になりますが、仕事が押してて休めない。会社に行くのがこんなにつらいのは初めてです!
気が滅入っているのは、休日も遠出しないで過ごしているせいです。行きたかったライブも、演劇も、映画も見逃してしまいました。楽しみにしていたDCPRGのチケットも売ってしまいました。
おいさんは気を遣って近所まで遊びに来てくれます。しかし困ったのは、この週末、喉を痛めてまったく声が出なかったことです。
優柔不断でダンドリの悪い私達は、待ち合わせはもっぱら電話です。メールだと話が脱線して、何一つ決められないのです。しかし今週に限っては声が出ない。困りました。そんな時、おいさんが気付いたのは、彼の手には奇しくもその日買い換えたばかりの新機種携帯。と言うことはTV電話ができる!
さっそくおいさんからTV電話がかかってきました。画面においさんが映っています。にこにこと嬉しそうです。私もカメラに向かって笑いました。おいさんが何か口を動かしていますが、マイクに遠くて聞こえません。私は小首を傾げました。おいさんは少し困った顔をしています。しばらく考えていると、黒い影が画面を横切りました。おいさんが手を振っているようです。私は2、3度首を縦に振りました。おいさんもにこにこと頷きました。電話が切れました。
無力です。手話も使えぬ二人の前でTV電話は無力でした。メール以上に何一つ決まりませんでした。得たものは、嬉しそうに電話に向かって手を振る男の姿だけです。

ちなみに私が段取りを「ダンドリ」と書くのは、正月に帰省した折に久しぶりに「ダンドリくん」を読んだからではないかと思います。以前、昼食時に、普段はそんなそぶりを見せぬ友達が、「あのビルの前で信号が変われば、早足で会社の横断歩道が渡れる。あのコンビニであの踏切がしまれば、あの電車に乗れる」と言うことをさり気なく語り始めたことがあり、「リアルダンドリくんがこんな近くに…!」と一人胸を打ち震わせておりました。

大きな思い出書くのを忘れていたけれど、お正月には行ってきたのだった、バンコクのOh! What a Night(キミドリ)冬休み。イェ〜ボイ〜(イメージ先行)。今話題のタイの素敵なミュージシャン達を見たかったけれど、目ぼしいものは12月に終わっていたり、一部に至っては日本でツアー中だったりして、残念ながら断念。水上バスでのんびり移動して、川を見ながら海老を食べたり、自転車でぶらぶらして、寺を見ながら海老を食べたり、まああとは海老を食べたり、してました。人生で初!の空を飛ぶ体験(パラセイリングのことを言っているらしい)もしたし、絵に描いたようなサマーホリディ。冬ですが。後悔したのはシーウォーカーという頭に壺をかぶって海底を練り歩くというスポーツ。水圧に耐えられず「あー、やっぱりやめる」というゼスチャーの私に「ダイジョーブダイジョーブ(イメージ)」と上から壺を二人がかりで押して、問答無用で沈めるタイ人。そこだけ切り取ったらほぼ殺人現場。待ち受けていたダイバーが「ほうら、ナマコだ!HA!HA!(イメージ)」と寸劇を演じていたが、ナマコはいいから陸に帰してくれ!相変わらずのスポーツ不向きを再確認。
エアコンのきかない長距離列車に揺られた時間、どこの国の夜かわからない暗闇を飛行機の窓から見ていた時間。昔は、旅に出るたび、どこにでも行ける気になるものかと思っていたけれど、最近はどこへも行けない気になります。
しかし、今日の話題と昨日の話題を並べるとなかなかナイーブな組み合わせになりはしないかと、気になります。何か(厚生省)が動き出しそうな。


ペーパークラフトプラネタリウム。

からだのこと

 かれこれ1月半ほど微熱が続いている。大事をとって早めに仕事を切り上げていたのが裏目に出て、一向に回復しないまま納期前になってしまった。現在とてもつらい状況にある。病院へは行ってみたが、今は結果待ち。不安である。
 かと言って病床にふせるほどでもないので、ついつい出かけた映画館では、音量と光量に負けて、終演後、ロビーのソファでまるくなってしまった。
 見に行ったのは、ダルデンヌ兄弟の『ある子供』。繰り返し映される、主人公が「ひとり遊びの天才」である描写が、彼のその日暮らし感が出ていて、すごく好きなシーンばかりだった。靴の裏に泥をつけて、壁のどこまで高く足跡をつけられるか挑戦したり、河原にしゃがんで、棒切れで水面をかき混ぜて波紋を楽しんだり(熱中しすぎて散々呼ばれているのに気がつかず!)。時間が余ったからって、みんな英単語を覚えたり株価を見たりしているばかりじゃないものね。そういう時間や人はなかったことにされる事もあって、それは気持ち悪い。

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