週報サブレー

日記・私信

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太って太って読書中



ふとった。また太った。
この数日でまた3kg増えた。
どうも毎年、冬になると具合が悪くなるような気がする。
今月も微熱が続き、だるさや頭痛もある。臥せってばかりいるのに食欲は減らないので、太ってしまったのだ。
しかし、あまりどうこうしようとは思っていない。
それ相応の年だし、健康第一なので、ダイエットは今のところ考えていない。

寝ている間、暇なので普段はしない読書をしていた。
ミランダ・ジュライの「いちばんここに似合う人」を読了した。
と書くと、稀にこのブログを以前も読んでくださった方がいると、
「その本って何ヶ月も前にも読んでたって言ってなかったっけ?」と思われるかもしれませんが。私は本当に本を読まないので、一冊読むのにも何ヶ月もかかるのです。

その前に読んでいたのが「ダロウェイ夫人」です。「ダロウェイ夫人」も、約一年前からずっと読みさしになっており、しかも間違って「ボヴァリー夫人読みさしなんだよなあ」「ボヴァリー夫人早く読まなきゃなあ」と思い続けていた可哀相な本なのです(私の文学リテラシーは果てしなく低いのです)。初めはダロウェイ夫人の名を高めた「意識の流れ」というやつが樋口一葉ばりに読みづらかった。(少し太ってしまったのがちょっと、ね・・・・・・)などと、70年代少女漫画のように唐突で大仰な心の声が横糸として織り込まれている。しかし登場人物たちは10代の瞳輝く少女たちではなく、50過ぎた男女たちなのに、心の中でお互いの悪口ばかり言い合っているのだ。しかしいったん乗ってくると、樋口一葉ばりにぐいぐい読める。私が好きなのは、「あら、先生が不快そう。まさか・・・・・・。だが、そのとおり。ミス・キルマンは不快だった。自分がそのケーキを―ピンクのほうを―食べたかった。食べることこそ、残されたほぼ唯一の純粋な喜びなのに、それさえも思いどおりにならないなんて!」というところです。
判官贔屓な私は、並み居る登場人物たちの中で、どうしたってセプティマス(戦争のPTSDで鬱状態)に感情移入せざるを得ない。全編通して可哀相なセプティマスであるが、最も衝撃的なのは、ヴァージニア・ウルフ本人による自序の中で、最初はクラリッサ自身が自殺する予定であったが、セプティマスに変更されたと明かされる瞬間です。可哀相すぎる!!子が親を選べないように、登場人物も作者を選べない。可哀相なセプティマス・・・!

あとは最近はまっている片山洋次郎先生の「整体 楽になる技術」を読みました。この本は主に整体について書いてあるのですが、例として引用すると、
「「気の流れ」の法則は身体の臨床的モデルを元にしているが、その言説そのものは抽象的、論理的でもある。風水的世界観と科学的世界観の分岐点は、論理的であるか否かではなく、身体と世界との連続性を承認するか否かというところにある。」とのように、とにかく話がでかい。読んでいると、自分が自己と思い込んでいた、物理的な私の個体と、森羅万象が緩やかに一体となり、そもそも私の腰が痛かったのだって、自然の理なのではと思えてくる(こないか)。とにかく肩がこったくらいでこの本を開いた事を後悔するほど大局的な話が広がりますが、専門書のような深追いはなく、楽しく読める本です。

最近は人に会うとおすすめの本を教えてもらうようにしている。友達のくろさわに教えてもらった「最後の物たちの国で」も読んだ。とても感動的だった。私は「幽霊たち」「ムーン・パレス」そのほか2冊読んだくらいで、「ポール・オースターが好き」とか言っていたのだが、今回ネットで勉強したところによると、オースターでは「最後の物たちの国で」が最も好きという人がとても多いようだった。読まずに知ったかぶりをしていたのは恥ずかしいが、今回読んだのでもう大丈夫だ!
私が最初に持っていかれたのは、始まって3ページ目の、「こうしてあなたに手紙を書いているのは、あなたが何も知らないからなのです。あなたが私から遠く離れたところにいて、何も知らないからなのです。」というところです。これはリチャード・ブローティガンの「西瓜糖の日々」の書き出しと、すこし似ている。物語から読者へ、または物語から作者へのメッセージみたいに聞こえる。(ロマンチスト)
具合が悪い限りもうちょっと本を読む日々が続くかもしれない。それはそれで楽しみなことだ。

今日はがんばってMOTまで行って、トランスフォーメーション展を見てきた。大好きなサラ・ジーが見れて幸せだ。こんなに大好きと思える作家が同時代に生きていることも幸せだ。ヤン・ファーブルや及川潤耶さんの作品もおもしろかった。マシュー・バーニーの使っているシリコン?ぽいフレームが良かった。

写真は昨年行った西葛西のインド料理店にて、名前も忘れた謎の食べ物。おいしかったです。インド料理に詳しい方がいたら、名前を教えてほしいです。


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  1. 2011/01/26(水) 10:33:20|
  2. ふつう
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no title



熱さがらへん…
バックアップ終わらへん…
西島様バラエティに出あらへん…
太ってもうた…



  1. 2011/01/20(木) 19:28:27|
  2. ふつう
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11月ごろから風邪をひいているなあ。と思いつつ、その低いアベレージに慣れすぎて、あれ?わたしって元からこれくらいの具合の悪さだったかも?と思い始めた矢先、さらに微熱が出て、不調期に入りました。経験上長く続きます。
と書いてしまったが、先ほどあるブログで、ネット上で嫌われる行為のひとつに「病気自慢」と書いてあるのを見てしまいました。
なんだかんだ、しばりが多いな・・・。そろそろ許してくれよ・・・。

写真は魚政のタムくん。左の手塚先生降臨みたいな影は私です。

  1. 2011/01/11(火) 12:30:08|
  2. ふつう
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おめでとうございます

あけましておめでとうございます。

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昨年末に、永井ミキジさんの個展を見に行き、とても良かった。面識もない人をすぐ尊敬してしまう。ミキジさんはグラフィック・デザイナーとして活躍されている方だ。グラフィック・デザイナーと言ったら、イラストレーターにあーだーこーだ言ってよい立場の人なのである(異論もありましょうが)。そういう方が絵を描き、作品を発表するとは、自分のセンスとの孤独な闘いなのではないかと想像する。ミキジさんの自己満本には遠山敦さんも寄稿されている。遠山敦さんといったら、ご存知ハイセンスの最右翼の人である。そんなセンスをこじらせながら、我を振り返る作業は大変だろうなと思う。ミキジさんはその辺のハードルを軽々と越えていた。とても格好よかった。
しかし、このように他人についてあれこれ考えたことは、本人に聞くと「なんてことなかったよ」と言われてしまう場合が多い。昨年、若い人々とグループ展をさせてもらったが、みんな本当に堂々としたもんだった。じゃんけんで手を出しながら「オレ負けた!」と予言する恥ずかしがり屋の小学生みたいな子は一人もいなくて、みんなで自分の作品の話をしながらほのぼのとお茶を飲み、私は心から感動してしまったのだ。
それは「自我とか振り返り始めるとややこしいし、なんかいいや」というのとはちょっと違うのだ。自意識をきれいにラッピングして、のしつけてそそと差し出すような、気品があった。

ちなみに今年の目標はギターを弾けるようになることです!

本年もよろしくお願いいたします。




  1. 2011/01/06(木) 05:03:28|
  2. ふつう
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