週報サブレー

日記・私信

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もしもし



近所の喫茶店には、ちょっと奥まっていて半個室になっている席があります。
その店で休んでいると、15歳くらいの初々しいカップルが入ってきて、女の子がさっさと普通の席に座ってしまいそうになりました。すかさず男の子が、
「アッチになんか良い席あるみたいなんだけど・・・」
「え?」
「アッチに・・・」
「えー!こんな場所あるんだー。よく知ってるねえ。」
「うん、たまたま・・・」
と個室へと誘っていました。
この子達はこの先の人生であと何度このような戦略めいた会話を交わすのだろうと思いました。その途中で交わす相手も、場所も変わっていくのかもしれません。
もし私が才気溢れる映像作家だったら、このようなしんみりした気持ちを作品に昇華させ、秒速ウンタラカンタラとか名付けて世に出して一山当てられるのかもしれませんが、そうではなくてただの無能なおばさんなので、個室からもれる笑い声に耳を澄まし、コーヒーをすするのみでした。

また別の日その喫茶店で休んでいると、妙齢の女性達が大声で話していました。内容は主に旦那と姑がむかつくという話だったのですが、話の中心にいた女性が、
「旦那も旦那で会社で嫌な仕事があって大変らしいんだけどさ」と言ったところ、周りの方々が
「でもそれはしょうがいないよ~」と流していました。
旦那と姑がむかつくのは「わかる~」で、旦那が仕事でつらいのは「しょうがない」と言うのはひどい気もしましたが、これが四十代のボーイズトークなら、通勤電車で自分は座れないのに元気そうな女子高生が座っていて納得できないのは「わかる~」で、嫁がPTA会長と揉めてて落ち込んでいるのは「えー、しょうがないじゃん~」なのかもしれない。共感の放棄とは、他人への暴力でもあり、かつ自分を守る生きる知恵なのかもしれない、などと思った。
もし私にもっと思考を深く掘り下げる力があれば、この話を難しげに膨らまして本10冊は出し、今頃東大の客員教授に納まっていたのかもしれないが、実際はただのおばさんなので、コーヒーをすすって帰ってきた。

チャンスはきっと無数に転がっていて、気づかなければ意味は無いが、ものにできなくてはもっと意味が無いのである。もし私があと364個の人生訓を持っていたら、これを日めくりカレンダーにして・・・(以下略)。

週末はおいさんと母親の三人で食事に行きました。給仕をしてくれた女性がかなりのドジっ娘で、脇に置いていた私のカメラの上に派手に水をこぼしました。すぐにその女性は下げられて、マネージャーと名乗る人物が出てきました。名刺をくれて、壊れていたら弁償すると言われました。
私がいかした紳士だったら、「弁償は結構です。その代わりひとつお願いが。さっきの彼女を怒らないでくださいね」とさらりと言って立ち去るのだが、実際は「ああ・・・あう・・・コッチコソ、スンマセン」とか言って逃げるように帰ってきた。カメラは幸い無事だった。

今週は「秘密の子供」を見ました。美しかったです。







  1. 2012/06/22(金) 05:19:55|
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